2011 07, 23 in drowing and manual, homework

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2011 06, 27 in homework, movie

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2011 06, 05 in collage, homework

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2011 06, 05 in drowing and manual, homework

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写真とポイントカード

2011 05, 19 in 写真

TUTAYAのTポイントカードはお持ちだろうか。
自分は持っているのだが、コンビニでいちいちと尋ねられる度に提示することは無く、
そもそもコンビニで済ませずに、せっせっとお弁当をつくっていた時期が数ヶ月程あった。

現在お弁当づくりは止めたが、相変わらずコンビニにてTポイントカードを提示することは無い。

それに引き換え、近所のクリーニング屋さんではいつも、ポイントカードを提示している。
そのポイントカードは、スゴロク形式の世界一周旅行を模したデザインになっていて、
飛行機のスタンプが押される度に、とても小さくて可愛らしい幸せが貯まっていくのである。

Tポイントカードと、後者のポイントカードとの違いの一つに、「貯まる過程」が見えるか見えないかの差がある。
そして、ポイントを貯め終えるという目的ではなく、その過程の方にこそ楽しみがあるのだ。
数ヶ月の間、飽きることなく弁当を作り続け、いちいちiphoneで撮影し続けた理由ときっかけは、節約や健康のためというよりも、弁当の写真が日に日に「貯まっていく過程」が見え、それが嬉しいと感じたからであった。

iphoneのアルバムに納められた弁当の写真群をスクロールしながら一人、悦に浸っていた。
もちろん食べるのだが、「食べるための弁当」でななく「写真に撮るための弁当」になっていっているのだと、だんだん気付き出したものの、撮影がやめられなかった。そして弁当をつくるのもやめられなかった。弁当をつくると、シャッターを押さずにはいられないのだ。増殖していくぎらぎらした弁当写真に、軽く中毒を起こしていた。

余談の中の余談だけど、吉祥寺にある「百年」という素敵な古本屋さんのポイントカードがえらく素敵だ。
モノクロで印刷された裸の木々に、緑色のスタンプを押してもらうことで、木々が茂っていくようなデザインになっているのだ。スタンプが押される度に、季節の移り変わり、違う、まるで荒地が再生していくような年月の経過、まさに「百年」の時間を体感させてくれると言ったら逆の意味になってしまいそうだが、とても面白いポイントカードのデザインである。

写真をアーカイブしていくたびにわくわくできるような、
そしてもっと写真を撮りたくなるようなアルバムをつくってみたいと思った。

コンビニのTポイントカードや弁当の写真とは違った考え方で。

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2011 05, 13 in homework, movie

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2011 05, 12 in homework, movie

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昔の写真を触って観て思ったこと

2010 03, 10 in 写真

今年の始めに85歳の祖母が他界した。
危篤、葬式、そして四十九日などの度に帰省し、箪笥から昔の写真を取り出して他界した祖母へむけたアルバムをつくった。
祖母が小学生の頃の集合写真から結婚式の写真など、初めてみるものがいくつもあり、感慨深かった。

そして、色あせたり、カビ臭かったり、シワのあるプリントを触りながらそこに蓄積された時間を感じた。
沢山の写真を手に取る中で、強く印象に残ったというか思いを巡らさずにはいられない写真がいくつかあった。

祖父。

戦争が終った後、基地から故郷である福岡へ帰ることが決まり、出発までの何週間かの間に撮られた1枚、だそうだ。
「撮ります、ハイチーズ」のやり取りが感じられないスナップショット写真である。

箪笥に入っていた写真の中でスナプショットはこの写真くらいだった。
それもそのはず、今でこそデジタルカメラで枚数を気にすることなく写真を撮ることが可能になったが、当時はまずカメラが貴重品であり、しかもフィルムに記録していたので、シャッターを押す行為はとても貴重な体験だったし、そもそも撮影の機会自体が希であった。
撮影者と被写体は向き合い、「撮りますよ」「撮られますよ」の共同作業で1枚の写真が撮られ、結果、被写体がこちらをちゃんと向いているかしこまった写真が多くある中、この写真は目を引いた。
祖父の視線はこちらをみることなく、どこか遠いところをみつめ、まさに黄昏れている。
このような祖父の表情は今までみたことがなく新鮮だった。
祖父も若い時があり、その時々で悩んだり喜んだりといろいろ経験し生きてきたのだなと、当たり前のことを感じるには充分の写真であった。

これらの写真はL判サイズでプリントされている。一番上の写真を観た時に、サイズの問題から人を認識できず、なぜ崖のような所を撮影したのだろうと思った。
次の1枚はブレていてるが、男が棒のようなものを振り回しているのがわかる。3枚目は1枚目と同じような構成の写真だが、相変わらずなぜ棒を持っているのかは謎。四枚目は「液体」と書かれた段ボールと二人。5枚目でようやくミカンの農薬散布作業をしているのだとわかった。6枚目は面白い。

家から県道への通路を撮った写真。

旅先での集合写真やスタジオ内でのポートレートに混じって、このようないわゆる何の変哲も無いスナップ写真があった。
なぜこのような写真を撮ったのだろう。天気が良かったからか、道ばたの白い花が美しかったからか、土地を購入した記念の1枚なのか、意図がよくわからない。「よくわからないけどなんか良い」からシャッターをきるというような贅沢なことができる時代ではなかったので余計気になった。

茶の間で祖父に尋ねたものの「なんでやろうね」と覚えてなかった。

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